ぜいたくなあさ

 

耳の上の方で、かすかに、ちゅんちゅんという音がしたような気がした。

今度は頭のどこかから、瞼を上げる、という指示が聞こえてくるような気がする。

しばらく知らんぷりをしたところで、少しばかり億劫に思いながら瞼を上げる。

視界が開く。開く。開く。

ぼやーっと明るい。

すると今度はゆっくり上から黒い幕が下りてくる。

再び、上がる。

その時にはもう、ちゅんちゅん、は耳の中へ届いている。

明るいな、と思い、「うーぅぅーん!」と音を発しながら伸びをする。

意味もなく横にゴロンと一回転。

そして体から布団をはぐ。

布団があってもなくてもいいような、心地良い日だと気づく。

ふと足元に差し込む光を見ようと頭を持ち上げる。ふむ。

光は足を通り過ぎ、その先の椅子をてかてか照らしている。

いつもよりたっぷり寝られたようだ。

満足げに布団を体へ引き戻す。

 

それでもやはりちゅんちゅんという声は私の耳めがけて飛んでくる。

 

うぅーん。ぜいたく。

予期せぬお迎え

 傘に遠慮なく落ちてくる雨が気持ちよいほどにどかどか音を立てる。一方で、カバンが濡れていくこと、靴の中に水がしみてくることに不快感を感じながら、歩く。歩く。歩く。

 突然ふと、前を見る。そこには見慣れた、というより懐かしい小学校の通学路があった。

 小学校からの帰り道は15分。クラスの中では、割合近い方だ。それでも、毎日繰り返される投稿と下校。変わらない景色に、うんざりする。願いが一つ叶うなら、どこでもドアで家まで帰れればよいのに、と貴重な願いをくだらない方法で消化していることにすら気づかず友達と笑う。

 雨が降っているのは特に嫌だ。いつも長いと感じる帰り道が、五倍ほど長くなったような気がする。一歩進んでも、全然進んでいない。そんな最悪な気分に沈んでいたら、ふと遠くの方に小さく、見慣れた車が止まっていることに気づく。それは、道のわきで動かずじっとこちらを見ている。近づく。近づく。一歩が大きい。進む。進む。ナンバーを見る。

「え。」

「うちの車だ。」

 その瞬間、他の何よりも嬉しい。家に帰ってショートケーキがあったとしても、帰り道に予期せず自分の車を見つけることの方が圧倒的に嬉しい。もう、周りの雑音は消えて、そのナンバープレートのついた車と私だけの世界が出来上がる。嬉しくて、でもまだ信じられなくて、注意深く中を覗く。母が下を向いて座っている。私は運動会のピストルが鳴ったのを聞いたように走り出す。興奮して、ドアを勢いよく開き、母が顔を上げる。私は傘も畳まず、身を乗り出して聞く。

「なんでいるの。」

 

 予期せぬお迎えはそれまでもそれからもこの時のたった一度きりだった。

 私はこの時に願いを本当に叶えてしまったのかもしれない。

 

強い人

 強い人。

 

 サークルの後、六人ほどでお店に行きご飯を食べた。大学の先輩、後輩、院生などなど学年はバラバラで、その場にいた人が適当に集まってできた即席サラダのような構成。もちろん、そのメンバーでは初めての食事だ。

 先に言っておくが、私は複数人での食事があまり得意ではない。三人以上の食事は、もはや食事ではなくおしゃべりなのだ。そして私はまだ台湾人が盛り上がって話している言葉を聞き取れるほど中国語が話せない。だから、以前にも何度か食事に誘われたことがあるが大抵の場合は断ってきた。

 しかし、断られても気にせず何度も誘ってくれるのが台湾人の温かさであり、日本人とは少し違うところなのかもしれない。私はとうとうその誘いを受けさせてもらうことにした。

 

 話が分からないときにどうすればいいかはもう十分わかっている。必要以上に笑いすぎず、かといって無表情にもなりすぎず。ただニタニタしてみんなのほうを向いておく。こうすれば場の雰囲気を壊すことはまずない。

 だから私はいつものようにニタニタしながら座っていた。しかし、なんとなくいつもとは空気が違っていた。今までは私がしゃべらないでいると台湾人の友達同士でどんどん話がふくらみ、私はニタニタする必要すらなくなった。ただ、今回は話が深まるにつれ何もしゃべらない私の方へちらちら向けられる視線が合った。なんとなく居心地が悪い気がしてニタニタもできずにいると、ふと院生のお姉さんが「話、聞き取れないよね?」と聞いてきた。その瞬間盛り上がっていた話題が風船のようにしぼんでいき、突如私の下に注目が集まった。思いがけなく当てられたスポットライトに私は焦って、ただ正直に「全然わからないんです」と伝えた。それを言ってしまうと、みんなが話しづらくなると思って言い出せない一言を口にした。

 それを聞くと、みんなは私に向けてたった今話していた話をもう一度全員で説明してくれた。最初のうちは申し訳なかった。でも、その話はすごく面白くて、そしてみんなが一生懸命説明をしてくれて、だんだん余計な邪念なく話に耳を傾けられるようになった。

 そのお姉さんは、それからも話が盛り上がるたびに何度も「もう一度わかりやすく話してよ」と会話に割って入っていった。その度に私はみんなと同じように笑い、温かくなった。

 帰り道でお姉さんにお礼を言ってから、一人家に戻る。色々な気持ちがぐるぐるめぐる。お姉さんへの感謝。私のことを気にかけてくれた余裕。会話を止めて救ってくれた勇気。私はただそんな人になりたい。

 ただ、今になって思う。お姉さんのしてくれたことは私がやるべきことだった。本来なら誰も助けてくれない。お姉さんが私のために出してくれた勇気ある一言は私がお姉さんに言わせてしまった一言なのかもしれない。そう思うと、苦しくなる。

 まずは自分を救う勇気を持つ。さもなければ、あのお姉さんみたいに勇敢に人を救うことなんてできないんだろう。

たまにふと、自分が嫌い。

 自分が嫌い。

私は私が考えたことがあるあらゆる醜い、陰気で、卑屈な、自己中な考えを知ってしまっている。そんな自分が嫌い。

私は、人前では遠慮がちで、本当は他人を見下す自分が嫌い。

こっそり目の前の相手と比較して勝っていたら和み、劣っていたら敵対視する自分が嫌い。

猫を被る自分が嫌い。

友人を助けて、優しく微笑みかけている自分が嫌い。

遅刻しておちゃらけながら謝る自分が嫌い。

なんでも後回しにする自分が嫌い。

お風呂に入るのを明日の朝へ後回しにする自分が嫌い。

朝起きてからスマホばかり見ている自分が嫌い。

部屋で何もしていない自分が嫌い。

たくさん食べる自分が嫌い。

 

 

 でも、人と会って話して、自分の暗い部分に向き合える自分は嫌いじゃない。

次の日の朝、お風呂に入って、歌いながらドライヤーをする自分は嫌いじゃない。

部屋で本を読む自分は嫌いじゃない。

部屋で休んでいる自分は嫌いじゃない。

生理が来て、外に出る力のある私のこの身体は嫌いじゃない。

 

 嫌いと嫌いじゃないが半分こっつ。

つまり合わせて大好きだ。

予定のない午後八時からの脱出

予定のない午後八時が怖い。

 たまにあるんです。夕食を食べ終え、ふっと一人これから何をすればよいかわからなくなってしまう時が。寝るには早い、かといって思いつく予定もないので一瞬思考が停止します。そしてシーンとあたりが静まり返って、グオーッと自分だけしかいないことに気づく。思考がそこまで進んでしまうと、もう現実逃避するにはいられないのです。私はあわててスマホに手を伸ばし、元気をくれそうなあの人の顔を思い浮かべながら、画面の真ん中にいるYou Tubeのマークをぎゅっと押す。こうやって、時間を忘れようとする。

 

 以前読んだ穂村弘さんのエッセイ「もうおうちへ帰りましょう」(曇天の午後四時からの脱出)がとても共感できたので、それを真似て書きました。

 

 さて、最近ふと思ったんです。私って、馬鹿みたいに時間を軸に生きてるって。何かに熱中した後、思いふけった後、ふとした瞬間つい誰かに「今何時だっけ」、と尋ねてしまう。というより、なにをしていても時間が頭の片隅で私の足を持ってて、私をどこか遠い所へ行かせてくれないような感じです。別に、時間を気にするのが良くないというわけではないのです。むしろ、一人の社会人として生きていくなら基本の基と呼ぶべき態度であると思います。ただ、さして時間の確認をする必要がないような時でも(例えば予定がない午後八時)しばらく時計を見ていないとそわそわして意味もなく時間を知りたがってしまうのは、なんだか自分で自分を恐ろしくなります。時間を管理する必要があるのは社会人としての私の時であって、私は、それが全てではないはず。私には、もっとばらばらの表情があって、部屋で過ごすときなんかに顔を出すはず。けれど朝起きてから寝るまで、休みの日まで、時間を気にしていたら、それはもう社会人の私が私本体を侵食していってることになりません?えー、恐ろしい。

 思い返してみれば、子供のころ公園でかけっこの「おに」になって走り回ってるとき、時間を気にしたことなんてないんです。昔は一日を終えるために時間を潰す、なんてつまらない考えもなかった。時間を気にしないと、自分の感覚が研ぎ澄まされて行って、どんどんマイワールドにのめりこんでいって、とっても楽しい。あー、なつかしい。

 よし、今夜は時計を伏せて寝ようじゃないか。

ごくごくたまに、電話がなる音が恋しくなる。

ごくごくたまに、電話がなる音が恋しくなる。

 

大学で台湾に来てから、よく長電話をするようになった。以前は電話というものを嫌って、スマホ越しに誰かと会話するなんてことは全くなかった。しかし最近になってスマホの通話履歴を見てみると、ほとんど毎日自分発信の一時間越えの電話をしていることに気づき、自分の変わりように笑ってしまう。環境の変化っていうものは恐ろしい、本人も気づかないうちにすっかり性格を変えてしまう。

 

その日の夜も私は電話をかけようとスタンバイをしていた。おん?父からピコンとメッセージが飛んできた。「聞きたいことがある。」独特な始まりに少しばかり力が入る。しかし、待っても待っても次のピコンは飛んでこない。ピコンの代わりにブー、ブーとスマホが振動し始めた。父から電話がかかってきた。

 

父が聞いてきたことは、電話で話すに足らないぐらい心底どうでもいいことで、その後の雑談の方がよっぽど長かった。話している途中心の中で、そういえば最近単身赴任で一人暮らしを始めた父も電話したくなったのかな、なんてぼんやり考えていた。

 

これまで気づかなかったが、誰かから用もない電話がかかってくることはなかなか幸せなことなのかもしれない。これからも寂しくなったら積極的に電話をかけることにしよう。

四か月ぶりの母との再会で思ったこと

 1/13に台湾の冬休みが始まりました。(冬休み1/13-2/19。春休みはなし)台湾は1/1のお正月より2月頭の旧正月を祝うので、冬休みの時期も少し後ろにずれます。そんなわけで、年を越した最初の週から期末テストに追われ、人生で一番勉強をしたお正月を過ごしながら絶叫しそうになっていた生活からやっと解放された私は、何もしていなくてもにやけてしまうほど幸せを感じていました。嬉しいことに心躍るイベントはまだまだ続いて、なんと1/13-1/16に母が母の友達と共に台を訪れてきてくれることになりました。

 久しぶりの母との再会はすごく楽しみで、前日は胸の高まりで興奮して全然寝付けなかったです。親の元を離れてからまだたった四か月と少ししか経っていなくて、たいした成長もしていないだろうに、少しでも成長した自分を見せてお母さんに褒められたいという子供のような気持ちがわいてきました。

 寮で生活をしていると、当然周りは友達だけで自分のことは全て自分でやることになります。友達と夜遅くに夜食を食べてみたり、夜更かしして一緒に映画をみたり、家ではやめなさいと止められることをできる自由な生活は楽しいです。ある程度寮の生活にも慣れてきて、たった四か月しか経っていないけどすでに自立した大人になったような気持ちでいました。

 しかし、実際母に会えるということになると、褒められたい、甘えたい、といった気持ちがどんどん湧いてきたので自分でも少し驚きました。どうやらいつになっても親の前では子供でいたいという自分がいることに変わりはないようです。

 そしていよいよ対面の時、私はホテルのロビーで母の到着を待っていました。ずーっとエントランスのほうを見ていると、ついに母が友達とチェックインをしている姿を見つけました。すぐに私は走って行って、恥ずかしさと緊張を感じながらとんとんと母の肩をたたきました。実は私は二日前ぐらい前から「母は私を見て何を言うんだろう」とずっと不安に思っていたので、母がこちらを向いたときしっかり目を合わせることができませんでした。

 というのも、私は母との再会は小学校の頃の遠足よりもドキドキする本当に楽しみな出来事で、強いて言えばディズニーランドに行く前日と同じくらいはソワソワしていたんです。だから、もし母が私を見て「なんか小汚くなった?」とか「なんか太った?」などなど言ったもんなら私のディズニーランド級の期待は一気にしぼんでなくなってしまいます。それがすごく怖かったんです。ディズニーランドに行く予定だったのに、大雨で行けなくなったらめちゃくちゃ落ち込みます。もう最初から何もなかったほうがよかったんじゃないか、みたいな。だから私はすごく興奮していた半面、母と会うことが少し不安だった。期待が大きすぎる分、どうしても母にも期待しないではいられなかったんです。

 でも、母の反応はもっと純粋でまっすぐでした。母は私を見て、その後もずーっと見て、「会えたよー」と言って顔をクシャっとして笑い、その後もそのままずーっと私を見つめていました。ただただ「会う」時間を噛みしめていた母を見て、誰かと一緒にいれることってすごく幸せなんだなと心から思いました。

 台湾に来たばかりの時は、ほんとうにずーっと孤独に耐えることに必死でした。四か月たった今はホームシックになることもなくなって、割と孤独でいることも平気です。孤独であろうが何だろうが、とりあえず日々やることは大差ないんです。ただ、母といるほうが一秒一秒がちょぴっとあったかい。心の中の言葉を共有できるとその時間が温かくなります。だから、人と一緒に過ごせる時間はこれからもっともっと大事にしていきたいなと思った母との再会でした。母との出会いに限らず、台湾での新しい出会いでもその一つ一つを大事にして、ほんのり温かい時間を過ごしていきたいです。